浄土宗本泉寺(光明・弁栄)

浄土宗 本泉寺

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浄土宗本泉寺

本泉寺

宗派・・・浄土宗

宗祖・・・法然上人

経典・・・浄土三部経(無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経)

本尊

三身(法身、報身、應身)即一の阿弥陀。

法身如来とは、大宇宙の理法を体となし、ビルシャナ仏、

大日如来も、同体異名であり、衆生を産み出す、産みの御親である。

報身如来とは、衆生が仏を憶念すれば仏もまた衆生を憶念し下さり、

宇宙の中心に在し、衆生の仏性を育てて下さる育ての御親である。

應身如来とは、人仏釈尊を指し、悟境の法を残して下さった教えの御親である。

念仏の目的

初めは親子の愛同様、分娩された子の如く、親(如来)の顔は見えないが、念仏(法乳)することにより少しづつ育まれ徐々に御親の顔が見えてくるが如し。

次には異性の愛の如く、毎日異性の愛が育ち、逢わずに居られなくなってくるが如しである。

最後は大小合一的愛となり、小我(衆生の仏性)と大我(大宇宙を体となす御親)と合一し、如来の世継ぎになることである。

修行

念仏三昧を指し、初めは称名念仏日課何千遍であっても、別時会(日時、場所、善知識を定めて、一週間程度の念仏の行をすること)等を修養し、衆生の心霊を如来様の加被力によって天地一杯の心霊の御親と一体となることである。

結果的に覚りとは菩提(人格の完成)と涅槃(永遠の生命に伴う常恒の平和)とを、自己のものとなすことである。

現在、二十一世紀に於いて、確かに物質文明は、発達の頂点に達していますが、教育や道徳等、心の問題は一言で「病んでいる」と言えよう。本当の御教え(宗教)に出逢うことにより、大宇宙を体となし、その中心に在す阿弥陀如来を相となし、人仏釈尊を用となす。ひたすら念仏を申すことによってのみ、人々の仏性を育てることによって、正しく、明るく、仲良く生きることが、出来るのではないでしょうか。どうか、縁の有る方は、念仏を申して、真実の自己に目覚めようではないですか。